溝で死ぬ『年年歳歳』

ファン・ジョンウンの『年年歳歳』を読んでいるとこんな箇所がありました。

汚い溝の水を飲み、そうしてそこで死ぬだろう。
ハ・ミヨンがこう言った夜のことを、ハン・セジンは覚えている(略)。溝の水を飲み、そうしてそこで死ぬだろう。ヴァージニア・ウルフの本で読んだ文章だと、完全にその通りではないけど、少なくともそんな語感で、それを読んでからそのことをしょっちゅう考えるとハ・ミヨンはハン・セジンに言った。

ファン・ジョンウン『年年歳歳』斎藤真理子訳 河出書房新社

 

『波』のスーザンの言葉ですね。わたしも朗読でこの文章を聞くたび、寝ていてもぎょっとして起き直ってしまうので、好きな韓国作家もこのくだりに強い印象を持って覚えているのが嬉しかった。

手元の『波』の日本語訳を見ると

木の実を食べ、やぶをかきわけて鳥のたまごを探すから、髪はもつれてくしゃくしゃになるし、垣根の下で眠って、沢の水を飲んで、そこで死ぬのよ。

ヴァージニア ウルフ『波』森山恵訳 早川書房

 

「汚い水」じゃなかった。でも確か水は濁ってた記憶が自分にもあるので、Project Gutenberg AustraliaのThe Wavesでditcheを検索してみると


I shall eat nuts and peer for eggs through the brambles and my hair will be matted and I shall sleep under hedges and drink water from ditches and die there.
The Waves by Virginia Woolf

そしてそのすぐ次のページに

'I saw her kiss him,' said Susan. 'I looked between the leaves and saw her. She danced in flecked with diamonds light as dust. And I am squat, Bernard, I am short. I have eyes that look close to the ground and see insects in the grass. The yellow warmth in my side turned to stone when I saw Jinny kiss Louis. I shall eat grass and die in a ditch in the brown water where dead leaves have rotted.'

 

がありました。ハ・ミヨンが覚えていたのは2回目のほうだったようです。

ここの日本語訳は

わたしはこれから草を食べて、溝に倒れて死ぬわ。落葉が腐って茶色くにごる水のなかで

ヴァージニア ウルフ『波』森山恵訳 早川書房

1回目より2回目がエスカレートしている・・・がんばれスーザン。

スーザンが溝で死ぬと脅す部分は何度も朗読で聞いています。寝落ちしてしまって何度も最初から聞き直しているので、もうかれこれ半年くらいは聞いていますがまだ幼年時代です。それでも本で読むとさらにすぐ寝てしまうので朗読はありがたい。

 

年年歳歳』はとても良い小説で翻訳も素晴らしく、この作家に出会えてよかったなあと思える本でした。装丁も美しい。