『カラマーゾフの兄弟』英語版朗読のスメルジャコフが愛らしい

Constance Garnett訳 Constantine Gregory朗読のThe Brothers Karamazov Translated from the Russian of Fyodor Dostoyevskyを聞いています。

キャラクターの個性が際立った朗読です。どの役も良いのですが、とくにグルーシェンカのネギのところが迫真の演技で聞いているほうも四つんばいで走っていきそう。ちなみに英訳ではネギはan onionなので掴むと滑りそうですね。パイナップルの砂糖漬けはpineapple compoteでさくらんぼのジャムはcherry jamです。

そして、スメルジャコフが登場します。最初のほうはとくになんとも思わなかったのですがChapter VI. For Awhile A Very Obscure Oneで、イワンがスメルジャコフのそばを素通りしようとしたのに自分でもなぜか分からないまま話しかけてしまい、スメルジャコフが危険で決定的な質問をする場面

“Why don’t you go to Tchermashnya, sir?” Smerdyakov suddenly raised his eyes and smiled familiarly. “Why I smile you must understand of yourself, if you are a clever man,” his screwed‐up left eye seemed to say.

The Brothers Karamazov Translated from the Russian of Fyodor Dostoyevsky by Constance Garnett The Lowell Press New York

 

このsmiled familiarlyの馴れ馴れしい感じにグッときてしまった。このあとイワンとスメが「チェルマシニャー」「チェルマシニャー」とにゃーにゃー言うところが可愛らしい。

スメルジャコフは他の人がいるときは普通の喋りかたなのに、イワンと二人っきりになるとアイルランド訛りになるのです。小説の朗読って登場人物の演技は朗読者が独自に判断するのでしょうか、それともプロデューサーとかが決めるのか?なんにしてもスメルジャコフを母音の柔らかい、語尾のあがるアクセントで、馴れ馴れしく甘えるように喋らせるのは悪魔的な思いつきだと思いました。あと小説にはないsirをほぼすべての文末に自動的に挿入するスメルジャコフが執事っぽくて良いです。

イワンはチェルマシニャーになんか行かないよ、と思ってたのに、出発直前に魔が差したようにスメルジャコフに「チェルマシニャーへ行く」と言ってしまう。この場面のひざ掛けを直そうと駆けつけるスルジャコフが健気感。イワンはスルジャコフと話すと、自分でも気づかなかった心の奥底にあった言葉がぽろっとこぼれ落ちてしまう。そのあと神経質に笑ってしまう。あ~~イワン、あなたって。

「クレバーな男と話すのは価値があるっていうのは本当なんですねえ」と意味ありげにイワンを見やるスメルジャコフ。なんなのこの異母兄弟主従・・・

When he had seated himself in the carriage, Smerdyakov jumped up to arrange the rug. “You see ... I am going to Tchermashnya,” broke suddenly from Ivan. Again, as the day before, the words seemed to drop of themselves, and he laughed, too, a peculiar, nervous laugh. He remembered it long after. “It’s a true saying then, that ‘it’s always worth while speaking to a clever man,’ ” answered Smerdyakov firmly, looking significantly at Ivan.

コンスタンス・ガーネットの英訳はとても分かりやすい。しかしこの人もしかしてスメイワのシッパー第一号なのでは・・・。それほどイワンとスメルジャコフの場面が熱い。英訳っていうより世界初の英語版ファンフィクションを読んでいるのかと錯覚してしまう。

二人の場面があまりに良すぎてそこばっかり何度も聞いちゃった。フョードルが殺されたあとのイワンとスメルジャコフの三回のインタビューも毎回違う緊迫感で飽きない。などということをドストエフスキーの小説で思うとは、さらに21世紀になって『カラマーゾフの兄弟』のスラッシャーになるとは自分でも信じがたいですね。


コンスタンティン・グレゴリーのwikipediaのページによると、お母さんは白軍下のセヴァストポリで生まれたロシア人(ウクライナ人?)でイングランドへ密航してチェーホフのもとで演技を学んだ人のようです。お父さんはオランダ人。コンスタンティン・グレゴリーさん本人はダブリンのトリニティ・カレッジで学び、イングランドで俳優になったようですね。道理でアイルランドアクセントが上手いはずです。最近では『キングスマン:ファースト・エージェント』でサラエボ市長を演じているので、たぶん銀幕上で何度かお見かけしていると思われます。