Simon Prebble朗読の「クリスマス・キャロル」

今年もクリスマス・キャロルのオーディオブックを聞く季節がやってきました。
アメリオーディブルでSimon Prebble朗読版を聞いてみます。

Simon Prebble氏はJonathan Strange & Mr. Norrell「ジョナサン・ストレンジとミスター・ノレル」の朗読を担当している方です。そのためスクルージが意地悪な時のノレル氏みたいに聞こえる。ゴーストは意地悪な時のストレンジみたいです。

子供のころ「クリスマス・キャロル」を読んでも説教臭い話としか思えなかったのですが、大人になって再読すると、スクルージが徒弟時代を思い出す場面が身につまされます。労働は辛かったけど職場の仲間と楽しく過ごした時間もあった。若い頃は職場の忘年会がイヤだったけど、今になってみると楽しいこともあったような気もします。気のせいかも知れませんね。


By: Charles Dickens
Narrated by: Simon Prebble
Length: 3 hrs and 9 mins
Release date: 12-31-07

辮髪ホームズの元ネタ《買辦文書》

莫理斯の《香江神探福邇,字摩斯》(日本語訳『辮髪のシャーロック・ホームズ 神探福邇の事件簿』 舩山むつみ訳)(以降《福邇》と省略)の本家ホームズの元ネタを探求します。
シャーロック・ホームズの中国語版タイトルはウィキペディア台湾を参考にしています。

ーーーーネタバレしていますーーーー

■買辦文書
今回の元ネタはThe Stockbroker's Clerk(『株式仲買店員』/《證券交易所的職員》)と推理します。
「買辦」というのをぼんやりとしか理解しておらず、外国商人の手先のように思っていましたが、もともとは仲買人、商社の役割だったのですね。
後で広東語では「江擺渡」「金必多」とも呼び、いずれも語源はポルトガル語のcompradorという説明がある。

■珈琲
もともとは中国では「磕肥」と呼んでいたそうです。上海が発祥らしい。福邇は日本式に「珈琲」と呼んでいる。

■銅鑼灣
福建人の居留地だったとは知りませんでした。ウィキペディアの日本語版には20世紀以降の説明しかないが、中文版の「銅鑼灣」には確かに「閩南人聚居地與天后文化」という節がある。清末の動乱で目先の利く福建人は南洋や香港に資本を移したようです。それでマレー半島華人に福建人が多いのですね。勉強になる。

■何東
実在の人物。ジャーディン・マセソン商会の買弁。イギリスからナイトの爵位を貰っている。何だか見覚えのある名前と思ったらスタンレー・ホーの祖先でした。ブルース・リーの祖先でもある。

■渣甸洋行
ジャーディン・マセソン。別名・怡和洋行。
怡和は廣州十三行の一つ。
「洋行」はOxford Languagesの定義では「旧指专门跟外商做买卖的商行;也指外国资本家在中国设立的商行」
「商行」は「商店(多指规模较大的)」。

■燕梳
広東語で燕梳(jin3so1いんそー)はinsuranceの音訳。

■葛申/惠世廉
この人は本家の別の話が混ざってる気がする。

■馬老闆
本家ホームズのMawson & Williams(モーソン・アンド・ウィリアムズ商会)の社長。Mawsonの「馬」(Ma)のほう。

■馬惠記

本家ホームズのMawson & Williams(モーソン・アンド・ウィリアムズ商会)。

ウィリアムは通常中国語で「威廉」と訳すのですが、広東語で威wai1も惠wai6も「わい」なのでWilliams=惠(世)廉なのでしょう。惠康Wellcomeというスーパーマーケットもあるし。

■賀佩珏
本家ホームズのHall Pycroft(ホール・パイクロフト/派夸福特)。賀佩珏は広東語読みでho6pui3juk6(ほーっぷいよっ)まあまあ近い?

■上海的顛地洋行
本家ではバーミンガムフランコ・ミッドランド・ハードウェア株式会社。

■玉群林
華笙がやっと食事にありつけた地道閩菜館。

■太古
なぜスワイヤー・グループの中国語名が太古集團なのか長年疑問でしたが、《福邇》の原注のおかげで解消しました。
「大吉」という正月の縁起物の張り紙を見た外国人がカッコイイと社名に採用したが、漢字をよく知らないので「太古」と間違えたというオチ。しかし下手に改名などせずいまも堂々と名乗っているところが立派。
小説の本文も面白いが原注がマニアックでとても楽しい。

■伍秉鑒
本文には出てこないのですが、原注にイギリス東インド会社の最大の債権者は廣州十三行の伍秉鑒だったとあってとても驚きました。

於五口通商之前,廣州十三行壟斷了清朝出入口貿易,伍秉鑒成為當時中國首富,更是英國東印度公司最大的債權人。---《香江神探福邇,字摩斯》

確かに中国のネット記事には同様の記述があります。中国一の富豪どころか当時の世界一の富豪だったようです。
自分の阿片戦争とかの理解は間違っていたのか・・・
《福邇》を読むと日本での通説と違う東アジア史に触れられるので面白い。

 

■半文半白中文
作者のあとがきに「文語と口語の入り混じった中国語」とあるように、時に古文のような、時に水滸伝のような、また時には金庸武侠小説のような魅力的な文体で書かれています。しかも中身はシャーロック・ホームズの正統派パスティーシュ。いろいろな楽しみ方のできる小説です。

必須把敘述者華生醫生的維多利亞晚期英語改為華笙大夫在晚清年代會用來撰寫故事的半文半白中文,才能滿足上述那種仿作(pastiche)的要求。可能有少數讀者會覺得這種寫法是多此一舉,但我相信絕大多數讀者還是覺得這樣才夠原汁原味。


■上海灘
同じくあとがきで上海を舞台に1920~30年代の推理小説パスティーシュを書きたいとあるのでとても楽しみにしています。

其實也有考慮過以十九世紀末上海租界作為背景,但一來我對自己土生土長的地方的歷史和文化當然更為熟識,二來亦覺得若用上海來做偵探故事場景的話,反而會是晚於福爾摩斯的一九二○、三○年代上海灘會有更大的發揮空間,所以不妨留待日後用來另外再寫一些仿效那個「黃金時期」推理名家如阿嘉莎.克莉絲蒂或約翰.狄克森.卡爾風格的偵探故事。

清朝最後三十年
あとがきに期待がふくらむ。福華両人の30歳から60歳の人生を描いて清朝最後の30年を味わってもらいたいとのこと。

我希望透過福華兩人由三十歲到六十歲的人生經歷,讓讀者感受一下中國在清朝最後三十年的處境。之後,假如讀者依然對這個系列有興趣,我準備用「外傳」的形式繼續寫一些福邇和華笙故事,包括一兩部長篇,但具體內容仍在初步構思的階段。

第二巻は半分くらい読んでもったいなくて読み進めていないのですが、ますます佳境に入って面白いです。早く翻訳が出てほしいですね。

辮髪ホームズの元ネタ《越南譯員》

莫理斯の《香江神探福邇,字摩斯》(日本語訳『辮髪のシャーロック・ホームズ 神探福邇の事件簿』 舩山むつみ訳)(以降《福邇》と省略)の本家ホームズの元ネタを探求します。
シャーロック・ホームズの中国語版タイトルはウィキペディア台湾を参考にしています。

ーーーーネタバレしていますーーーー

■《越南譯員》
今回の元ネタはタイトル「ベトナム語通訳」を一目見ただけで"The Greek Interpreter"(『ギリシャ語通訳』/《希臘語譯員》)と推理できます。
が、依頼人(被害者)が二人登場するので、二つの作品を同時パスティーシュしていると思われます。しかしもう一つが何か分からない。

■安南
ベトナムの中国語名は清朝以前は安南だったのですね。越南に替わった事情を福邇が説明してくれて勉強になる。

 福邇也搭口說:「不錯。嘉慶年間,先帝冊封當地阮氏王朝時,已將國號由『安南』改為『越南』,如今若仍使用舊稱,當地人多視之為不敬。」---《香江神探福邇,字摩斯》

■檳城
依頼者が「檳城師爺」と呼ばれるステッキを持っているので南洋華僑と推理する福邇。
ペナンの中国語名が「檳城」だと初めて知りました。ビンロウの木が多かったので「檳榔嶼」と呼んだのが起源だそうです。

■陳文禮
本家ホームズのMelas(メラス/梅拉斯)。文禮の広東語読みがman4lai5(まんらい)なので発音がやや近い?

■阮偉圖
誘拐されたのは陳文禮と一緒にベトナムから香港へ来た戦艦技師の阮偉圖。
元ネタが分からないのですが、技術者が誘拐されるThe Adventure of the Engineer's Thumb(『技師の親指』/《工程師拇指探案》)かなと推測します。
『技師の親指』の依頼人はVictor Hatherley(ヴィクター・ハザリー/維克多·海瑟里)偉圖の広東語読みはwai5tou4(わいとう)、ヴィクターに似てる・・・だろうか?正解が知りたい・・・

■漢奸
ベトナム華僑たちがフランスのために働いていると聞いた華笙は「売国奴!」と罵ります。華笙は愛国心が強く視野が狭く19世紀の中国人らしくてとても良い。「法蘭西鬼」という罵倒がなんだか優雅なのもおフランスらしくて良い。

「你們身為中國人,居然還去為法蘭西鬼做事,為虎作倀,究竟知不知道羞恥?福兄,不要幫這些漢奸!」

売国奴呼ばわりされた陳文禮も黙って罵られてはいない。ベトナム華僑は清の臣民ではなく生まれた時からフランスに統治されている。清がベトナムのために何かしてくれたことがあったか?そういう自分は愛国者なのに、どうして香港に住んでイギリス人に統治されているんだ?と糾弾する。

「甚麼叫漢奸?我和偉圖是越南華僑,可不是大清國民。我出生之時西貢已經由法國人管治,在這之前,清朝有照顧過我們的上代嗎?你這麼愛國,為甚麼又要住在香港,受英國人統治?」 

ここでまあまあと割って入る福邇。本家と違って、すぐカッとなる武闘派ワトソンを世慣れた社交上手のホームズがなだめる構図で面白い。

■九龍灣
阮偉圖は自力で戻ってくるが、今度は陳文禮が誘拐されてしまう。黒幕は翰林大人という人物らしい。
福邇は懇意にしている香港警察の昆士に九龍灣を探してみると告げる。このころ九龍半島は清の領土だったので、すぐにピンとくる昆士。
置いてけぼりの読者と華笙。

■黃墨洲
翰林大人とアポを取るため黃墨洲という裏社会のボスを訪ねる福華両人。
黃墨洲は『九龍城寨の歴史』(著者魯金・訳者倉田明子)にも登場する清朝の大物スパイ。福邇が脅迫のネタに使ったのは密貿易の証拠だったのでしょうか。

■翰林大人
黒幕の「翰林院侍讀學士」は從四品で「總理衙門章京」を兼務している。
「侍讀學士」は從四品で史料編纂が仕事。
「總理衙門」(總理各国事務衙門)は清末に設けられた外交部門、「章京」(将軍の転訛)は武官の役職で四品の文官も就ける。《福邇》では九龍城寨に駐在してイギリスとの折衝をしていたようです。

■福邁,字皋德
本家ホームズのMycroft Holmes(マイクロフト・ホームズ/邁克羅夫特·福爾摩斯)。本家マイクロフトは『ギリシャ語通訳』で初登場するので予想してしかるべきでしたが、あまりに意表を突かれてびっくりした。
本家では高級官僚というだけで具体的な組織名は記されていないと思う。少なくともMI6とかではなさそう。《福邇》では表向きは外交活動、裏ではスパイを使った工作を行っているようです。むしろBBCドラマSHERLOCK(シャーロック)』のマイクロフトを思わせる役柄。

他略為一頓,又道:「這幾年來承蒙你照顧舍弟。」
他似乎有點疚愧,道:「這位正是家兄。」

はにかむ福邇が可愛すぎる。

「舍弟」は自分の弟、「家兄」は兄の謙称。古代では自分の家族に「家」や「舍」をつけて謙譲を表した。
「舍弟」の用法は魏の文帝の「舍弟子建」が最も古いようです。

本家ホームズでマイクロフト・ホームズは『ブルースパーティントン設計書』にも登場する。潜水艦が出てくるし、今回の元ネタは『ブルースパーティントン』なのだろうか?分からない。

 

■九龍砦城
本家ホームズのディオゲネス・クラブ(笑)

 

福邁は弟に一緒に北京へ戻って国家のために尽くそうと諭すが、福邇は香港から離れる気はない。
福邇の教育や留学には国費も使われてるだろうし、清の官僚として働くのが筋だと思うのですが、そのへんは大丈夫なのか?職業選択の自由はあったのか?

《福邇》の魅力は、中国各地や東南アジア各国から香港へ流れ込んできた華人が引き起こすドラマにあります。
ホームズのロンドンも大英帝国の植民地やヨーロッパからの移民を惹きつけていたが、帝国の東の端にある香港が西の果てのロンドンと対になっているところが興味深く、作者の目の付け所の上手さに感銘を受けます。

 

 

 

『トラベル・ライト』Travel Light by Naomi Mitchison

『こうしてあなたたちは時間戦争に負ける』This Is How You Lose the Time War(山田 和子訳/早川書房)で主人公たちが話題にする本『トラベル・ライト』、読みたいと思っても日本語訳が出ていない。ものすごい名作でものすごく有名みたいなのに。

やむなく英語版を読みました。作者のネオミ・ミッチソンはスコットランドの作家で、日本ではトールキンの文通仲間として知られているようです。

Travel Lightはどこか北欧(?)の国の王様の娘が継母に疎まれて殺されそうになるところから始まります。
お姫様を哀れに思った召使がお城から連れ出して育ててくれる。召使は実は熊女で、主人公のハラは熊として育てられる。

開幕早々ハードな展開ですが、ハラの幸せな熊ライフは短く、熊たちの住処はドラゴンに襲われてしまう。熊家族を失ったハラはドラゴンの養女となりドラゴンとして生き、ちょっと魔法も使えるようになる。
しかし宝物をたくさん貯めこんだドラゴンの巣は貪欲な人間に襲撃され、ハラは家族だったドラゴンを失う。
助けてくれた老人が不思議なマントと「身軽に旅しなさい」という助言をくれる。老人はオーディンで、ハラは災害を生き延び、隊商に紛れて旅をする。

悲劇が連続する小説ですが、筆致は軽く淡々としています。ハラが戦闘に巻き込まれて危機に陥ると、ワルキューレが飛翔してきて暴れる英雄を馬上に放り投げて駆け去る、というギャグが何度か繰り返されて愉快。この小説では英雄は傲慢で弱者に害を与えるだけの存在です。

 

普通のファンタジーやおとぎ話によくあるステレオタイプの部分がまったくなく、すべてが独創的な小説です。
旅の終わり近く、ハラは近くに住む王がかつて幼い姉妹を失ったという噂を聞く。おそらくここが彼女の故郷。これで王国に帰還して、姫君の身分を取り戻してめでたしめでたしかなと予想したら、まったくの大外れでした。

この小説はトールキンだったら決して書けなかっただろうなと思った。とにかく定石を外してくるし、血筋や英雄や権威を崇める雰囲気ゼロ。アナーキーです。それでも独自の世界を作り上げて、立派なファンタジー小説として成立している。ひるがえって凡百のファンタジーがいかに道具立てに寄りかかっていて、想像力を欠いているかにも気づかされました。

「身軽に旅する」というタイトルと、この本がタイムトラベルがテーマの『こうしてあなたたちは時間戦争に負ける』で何度も言及される意味を考えさせられる小説でした。
ネオミ・ミッチソンは他にもとても面白そうな本をたくさん書いていて、多くの作家に影響を与えているようなので、なんとか翻訳を出してもらいたいものです。

 

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グッド・オーメンズのディスコシーンでかかってる曲

映画『スパークス・ブラザーズ』を配信で見ていたら、ニール・ゲイマンが登場して喋っていた。画面にクレジットが出なかったような気がする(マーク・ゲイティスは出たのに)ので、知らない人が見たら誰この妙に話の上手いインテリ中年は?と思ったのだろうか。

それで映画中でディスコミュージックっぽい曲がかかったときにドラマ版『グッド・オーメンズ』でクロウリーとへスターが変なディスコダンスを披露する場面の音楽によく似ていたので、もしかしてスパークスファンのゲイマンがサントラに使ったのかなと思った。
が、ちょっと検索してみたらゲイマンご本人がタンブラーで答えてました。なんでも自分で答えてくれる原作者。

https://www.tumblr.com/neil-gaiman/185498368426/hi-neil-thank-you-so-much-for-creating-the-good

www.tumblr.com

neil-gaiman.tumblr.com

It’s a David Arnold (our composer) created disco version of a Gilbert and Sullivan song from the Gondoliers, “I am a Courtier, Grave and Serious…”. It’s the same music that Aziraphale is dancing to, only with disco beat and instrumentation.

ギルバート&サリバンの「ゴンドラの漕ぎ手、またはバラタリアの王」のI Am A Courtier Grave And Seriousをディスコアレンジしたものだそうです。
アジラフェルのガボットも同じ曲で踊っていると知って驚き。同じ曲だとはまったく気づかなかった。ギルバート&サリバンの息の長さにもびっくりです。

BBCドラマ版Jonathan Strange & Mr Norrellを見た

Jonathan Strange & Mr Norrellのテレビドラマ版を見ました。いろいろ最高だった。
サーガンダス氏がまるで主役かと思わせる導入。悪いオダギリジョーのような色気だだ洩れチルダマスそしていきなりオタク特有の早口を放つノレル氏。全員可愛い。

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