辮髪ホームズの元ネタ《買辦文書》

莫理斯の《香江神探福邇,字摩斯》(日本語訳『辮髪のシャーロック・ホームズ 神探福邇の事件簿』 舩山むつみ訳)(以降《福邇》と省略)の本家ホームズの元ネタを探求します。
シャーロック・ホームズの中国語版タイトルはウィキペディア台湾を参考にしています。

ーーーーネタバレしていますーーーー

■買辦文書
今回の元ネタはThe Stockbroker's Clerk(『株式仲買店員』/《證券交易所的職員》)と推理します。
「買辦」というのをぼんやりとしか理解しておらず、外国商人の手先のように思っていましたが、もともとは仲買人、商社の役割だったのですね。
後で広東語では「江擺渡」「金必多」とも呼び、いずれも語源はポルトガル語のcompradorという説明がある。

■珈琲
もともとは中国では「磕肥」と呼んでいたそうです。上海が発祥らしい。福邇は日本式に「珈琲」と呼んでいる。

■銅鑼灣
福建人の居留地だったとは知りませんでした。ウィキペディアの日本語版には20世紀以降の説明しかないが、中文版の「銅鑼灣」には確かに「閩南人聚居地與天后文化」という節がある。清末の動乱で目先の利く福建人は南洋や香港に資本を移したようです。それでマレー半島華人に福建人が多いのですね。勉強になる。

■何東
実在の人物。ジャーディン・マセソン商会の買弁。イギリスからナイトの爵位を貰っている。何だか見覚えのある名前と思ったらスタンレー・ホーの祖先でした。ブルース・リーの祖先でもある。

■渣甸洋行
ジャーディン・マセソン。別名・怡和洋行。
怡和は廣州十三行の一つ。
「洋行」はOxford Languagesの定義では「旧指专门跟外商做买卖的商行;也指外国资本家在中国设立的商行」
「商行」は「商店(多指规模较大的)」。

■燕梳
広東語で燕梳(jin3so1いんそー)はinsuranceの音訳。

■葛申/惠世廉
この人は本家の別の話が混ざってる気がする。

■馬老闆
本家ホームズのMawson & Williams(モーソン・アンド・ウィリアムズ商会)の社長。Mawsonの「馬」(Ma)のほう。

■馬惠記

本家ホームズのMawson & Williams(モーソン・アンド・ウィリアムズ商会)。

ウィリアムは通常中国語で「威廉」と訳すのですが、広東語で威wai1も惠wai6も「わい」なのでWilliams=惠(世)廉なのでしょう。惠康Wellcomeというスーパーマーケットもあるし。

■賀佩珏
本家ホームズのHall Pycroft(ホール・パイクロフト/派夸福特)。賀佩珏は広東語読みでho6pui3juk6(ほーっぷいよっ)まあまあ近い?

■上海的顛地洋行
本家ではバーミンガムフランコ・ミッドランド・ハードウェア株式会社。

■玉群林
華笙がやっと食事にありつけた地道閩菜館。

■太古
なぜスワイヤー・グループの中国語名が太古集團なのか長年疑問でしたが、《福邇》の原注のおかげで解消しました。
「大吉」という正月の縁起物の張り紙を見た外国人がカッコイイと社名に採用したが、漢字をよく知らないので「太古」と間違えたというオチ。しかし下手に改名などせずいまも堂々と名乗っているところが立派。
小説の本文も面白いが原注がマニアックでとても楽しい。

■伍秉鑒
本文には出てこないのですが、原注にイギリス東インド会社の最大の債権者は廣州十三行の伍秉鑒だったとあってとても驚きました。

於五口通商之前,廣州十三行壟斷了清朝出入口貿易,伍秉鑒成為當時中國首富,更是英國東印度公司最大的債權人。---《香江神探福邇,字摩斯》

確かに中国のネット記事には同様の記述があります。中国一の富豪どころか当時の世界一の富豪だったようです。
自分の阿片戦争とかの理解は間違っていたのか・・・
《福邇》を読むと日本での通説と違う東アジア史に触れられるので面白い。

 

■半文半白中文
作者のあとがきに「文語と口語の入り混じった中国語」とあるように、時に古文のような、時に水滸伝のような、また時には金庸武侠小説のような魅力的な文体で書かれています。しかも中身はシャーロック・ホームズの正統派パスティーシュ。いろいろな楽しみ方のできる小説です。

必須把敘述者華生醫生的維多利亞晚期英語改為華笙大夫在晚清年代會用來撰寫故事的半文半白中文,才能滿足上述那種仿作(pastiche)的要求。可能有少數讀者會覺得這種寫法是多此一舉,但我相信絕大多數讀者還是覺得這樣才夠原汁原味。


■上海灘
同じくあとがきで上海を舞台に1920~30年代の推理小説パスティーシュを書きたいとあるのでとても楽しみにしています。

其實也有考慮過以十九世紀末上海租界作為背景,但一來我對自己土生土長的地方的歷史和文化當然更為熟識,二來亦覺得若用上海來做偵探故事場景的話,反而會是晚於福爾摩斯的一九二○、三○年代上海灘會有更大的發揮空間,所以不妨留待日後用來另外再寫一些仿效那個「黃金時期」推理名家如阿嘉莎.克莉絲蒂或約翰.狄克森.卡爾風格的偵探故事。

清朝最後三十年
あとがきに期待がふくらむ。福華両人の30歳から60歳の人生を描いて清朝最後の30年を味わってもらいたいとのこと。

我希望透過福華兩人由三十歲到六十歲的人生經歷,讓讀者感受一下中國在清朝最後三十年的處境。之後,假如讀者依然對這個系列有興趣,我準備用「外傳」的形式繼續寫一些福邇和華笙故事,包括一兩部長篇,但具體內容仍在初步構思的階段。

第二巻は半分くらい読んでもったいなくて読み進めていないのですが、ますます佳境に入って面白いです。早く翻訳が出てほしいですね。