『九龍城寨の歴史』魯金

『九龍城寨の歴史』(著者魯金・訳者倉田明子)を読んだ。
図書館の棚でふと目が合って呼ばれてる気がして借りたのですが本当に呼ばれてたようです。

九龍城寨と聞くと「法の支配のおよばない魔窟」のイメージがあると思います。自分もそうでした。
しかしこの本を読んで、最初は清朝が海賊を取り締まるための砲台として建設し、阿片戦争後に香港島がイギリス領となってからは、清朝政府の大陸における最前線として機能していたことを知りました。
城寨を建てる費用は中央政府は出さず、広東の人々の寄付でまかなわれたというのが驚きです。特に広東政府のトップが率先して大金を供出したとあります。清では他の地方でも現地の人々が公的施設建設の経費や人手を負担したようです。
「無能で怠惰な清朝の大官」というのは後世の刷り込みにすぎないのでしょうか。この本に登場する清朝の役人は勤勉で有能で愛国心もあるので、なぜ清朝が滅びたのかいまさらながら疑問に感じます。

たぶん多くの日本人には香港はイギリスの植民地になるまでほとんど開発されてない無人の漁村だったという印象があるのではないでしょうか。しかしそれはたぶんイギリスによるプロパガンダで、香港(当時は広東省新安県)はもともと交通の要所だったようです。
香港島だけが先に割譲されて、九龍と新界はしばらく清朝の領地だったこともこの本を読んで初めて理解できました。そのころは香港政府(=イギリス政府)だけでは付近に出没する海賊を退治できず、しばしば対岸の九龍城寨(=清)が掃討を行っていたことも初めて知った。

九龍側がイギリス領になったあとも、九龍城寨は清朝の飛び地として大使館のような役割を果たしていた。
魔窟になったのは日本軍が占領時に現地の事情を斟酌せずに破壊したせい、という第二次大戦時によくある自国の黒歴史を知る機会にもなりました。

「九龍城寨からの密偵黄墨洲」では清朝密偵だった黄墨洲が取り上げられます。聞き覚えのある名前と思ったら『辮髪のシャーロック・ホームズ 神探福邇の事件簿』の登場人物ですね。

華僑の身分で香港島に住んでいたが、九龍城寨の指令を受けてスパイの仕事をしていたようです。しかしある日香港政府に家宅捜索され、海賊の盗品を隠匿していた罪で服役します。なんだかすごく誰かにハメられたっぽい事件ですが、隠していたのが大量の砂糖というのが19世紀を感じさせる。

龍津石橋や惜字亭など『辮髪のシャーロック・ホームズ 神探福邇の事件簿』に登場する建造物のいわれも語られていて、自分のために書かれたような本だと思いました。たぶん莫理斯氏の種本の一つなのでしょう。

 

訳文も正確で分かりやすくて素晴らしい。地元の図書館ではあまり借りられていないのかとても美本の状態でしたが、もっと多くの人に読まれてほしい一冊です。

 

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