辮髪ホームズの元ネタ《黃面駝子》(2)

莫理斯の《香江神探福邇,字摩斯》(日本語訳『辮髪のシャーロック・ホームズ 神探福邇の事件簿』 舩山むつみ訳)(以降《福邇》と省略)の本家ホームズの元ネタを探求します。
シャーロック・ホームズの中国語版タイトルはウィキペディア台湾を参考にしています。

ーーーーネタバレしていますーーーー

■麥當奴的年輕洋幫辦
「恐怖の谷」に出てくるアレック・マクドナルド警部と同一人物?。

■杜老志
ウィキペディアによるとMalcolm Struan Tonnochy(杜老誌)は1876年—1882年に域多利監獄獄長を務めていたようです。
彼は1882年3月7日から3月28日まで署理香港總督(代理香港総督)で、同年12月14日に亡くなっています。

這時福邇和我已幫這兩人破過幾宗大案,上一次是耶誕前,監獄長杜老志突然暴斃的離奇事件  ---《香江神探福邇,字摩斯》

暴斃:急死する。ここの「暴」は「突然」を意味する形容詞。

■鑰匙
鍵が部屋の内側からかかっているトリックは「背中の曲がった男」をさらにひねっている。

■亨利
元ネタは「背中の曲がった男」のHenry Wood(ヘンリー・ウッド/亨利·伍德)。

噤若寒蟬之際,他卻轉向田尼,用純正的英語道:「我的名字叫亨利。」

噤若寒蟬:恐怖のあまり口をきかない。こんな状態を表す成語があるとは。

華笙は自分の偏見を反省します。

若非身形佝僂、又臉如黃蠟,甚至可說儀表不俗。只見他原來連眼白也泛黃,一看便知是肝臟衰竭之象,怪不得臉色如此難看。

《福邇》は華笙がステレオタイプの偏見を開陳→真相が判明して誤解を反省のパターンで進みます。
華笙が平凡な偏見の持ち主のおかげで読者も自分の視野の狭さに気づける、良い構成です。

我以貌取人,卻失之子羽,羞愧之下急忙向他道歉:「對不起,昨天我一時誤會,請勿見怪。」

素直に詫びられる華笙は本当にナイスガイ。そして意外に教養がある。

我以貌取人,卻失之子羽:《史記.仲尼弟子列傳》:「吾以言取人,失之宰予,以貌取人,失之子羽。」

亨利hang1lei6(はんれい)

■躲進山坡的樹叢裡
亨利が逃げる場面も「背中の曲がった男」から。残念ながらテディは出てこなかった。

■收養露絲
ルーシーの身元が分かる部分は「黄色い顔」のパスティーシュ

假如換了是中國人,若不投井自盡,也不會讓孽種留下來,更不用說如斯珍惜這個孩子了。

華笙は最初の方では西洋人の男が中国婦人に私生児を産ませて捨てていくと憤っていたのに、今度は中国女性なら妊娠したら自殺するか中絶するとか言うのは矛盾していると思う。女に自殺や殺人を強要するなよ。

■家室
ぼんやり読んでて読み過ごしていました、華笙は今回の事件のあと結婚するんですね。

其時我亦已有家室,便帶同妻兒和福邇一起去到俾士校長家裡跟他們相聚。

妻兒:「妻女」と「妻子」の両方の意味があるようですが、どっちかな。

■烏石山教案
1876年の福州の水害のあと、教会が襲われた事件。実際に起きていました。
ウィキペディアに項目あり。英語版もある。Shen-kuang-szu Incident(神光寺事件)。

■人種差別と障碍者差別
本家ホームズの「黄色い顔」は有色人差別の話でした。《黃面駝子》も人種差別がテーマですが、中国人も白人も人種差別の被害者になっている。
《黃面駝子》には「背中の曲がった男」と同様、暴力を受けて身体障碍者になった弱い立場の人物が登場します。一方でイギリス人でインテリの俾士(ジョージ・H・ピアシー)も脚に障害があったため、香港人から「阿跛」などと揶揄されている。

支配する西洋人も差別や悪意にさらされているところが物語に複雑さと深みを与えていると感じました。
そして調べるほどに史実と虚構とパスティーシュが絡み合って重層的な面白さを醸し出していることが分かります。

ぜひ「注釈付き福邇」が出版されてほしい。