『トラベル・ライト』Travel Light by Naomi Mitchison

『こうしてあなたたちは時間戦争に負ける』This Is How You Lose the Time War(山田 和子訳/早川書房)で主人公たちが話題にする本『トラベル・ライト』、読みたいと思っても日本語訳が出ていない。ものすごい名作でものすごく有名みたいなのに。

やむなく英語版を読みました。作者のネオミ・ミッチソンはスコットランドの作家で、日本ではトールキンの文通仲間として知られているようです。

Travel Lightはどこか北欧(?)の国の王様の娘が継母に疎まれて殺されそうになるところから始まります。
お姫様を哀れに思った召使がお城から連れ出して育ててくれる。召使は実は熊女で、主人公のハラは熊として育てられる。

開幕早々ハードな展開ですが、ハラの幸せな熊ライフは短く、熊たちの住処はドラゴンに襲われてしまう。熊家族を失ったハラはドラゴンの養女となりドラゴンとして生き、ちょっと魔法も使えるようになる。
しかし宝物をたくさん貯めこんだドラゴンの巣は貪欲な人間に襲撃され、ハラは家族だったドラゴンを失う。
助けてくれた老人が不思議なマントと「身軽に旅しなさい」という助言をくれる。老人はオーディンで、ハラは災害を生き延び、隊商に紛れて旅をする。

悲劇が連続する小説ですが、筆致は軽く淡々としています。ハラが戦闘に巻き込まれて危機に陥ると、ワルキューレが飛翔してきて暴れる英雄を馬上に放り投げて駆け去る、というギャグが何度か繰り返されて愉快。この小説では英雄は傲慢で弱者に害を与えるだけの存在です。

 

普通のファンタジーやおとぎ話によくあるステレオタイプの部分がまったくなく、すべてが独創的な小説です。
旅の終わり近く、ハラは近くに住む王がかつて幼い姉妹を失ったという噂を聞く。おそらくここが彼女の故郷。これで王国に帰還して、姫君の身分を取り戻してめでたしめでたしかなと予想したら、まったくの大外れでした。

この小説はトールキンだったら決して書けなかっただろうなと思った。とにかく定石を外してくるし、血筋や英雄や権威を崇める雰囲気ゼロ。アナーキーです。それでも独自の世界を作り上げて、立派なファンタジー小説として成立している。ひるがえって凡百のファンタジーがいかに道具立てに寄りかかっていて、想像力を欠いているかにも気づかされました。

「身軽に旅する」というタイトルと、この本がタイムトラベルがテーマの『こうしてあなたたちは時間戦争に負ける』で何度も言及される意味を考えさせられる小説でした。
ネオミ・ミッチソンは他にもとても面白そうな本をたくさん書いていて、多くの作家に影響を与えているようなので、なんとか翻訳を出してもらいたいものです。

 

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