ナショナルシアターライブ『善き人』

NTLive 『善き人』を映画館で見ました。デヴィッド・テナント目当てで行ったわけですが、共演のエリオット・リーヴィーとシャロン・スモールがどちらも素晴らしかった。とくにシャロン・スモールの老女と女子大生を一瞬で行ったり来たりする演技力の高さに感銘を受けました。
衣装もメイクも変えずに複数の役を演じることで、同じ人間でも、置かれた立場が違えば異なる振る舞いをしてしまうと表しているのかと思いました。

デヴィッド・テナント演じるジョン・ハルダーはまったく善人などではなく心の狭いケチな男です。
たった一人の友人が助けを求めてきても手を貸さず見殺しにし、ユダヤ人から取り上げた邸宅や別荘で愛人と贅沢な生活を楽しみ、痴呆の老母や病気がちの妻や三人もいる子供たちは捨てて、ナチスに媚びて出世する。

振り返ってみるとずいぶん酷いことばかりしているが、その時その時は「自分にはどうしようもないんだ」と言い訳して「誰だって同じだ」と正当化するので、観客も「まあしょうがないかな」とか丸め込まれてしまう。
ジョン・ハルダーは善人ではないが普通の人です。自分だって日本で差別されている民族出身の友人から「家に匿って」とか「国外逃亡を手伝って」と頼まれたら、いろいろ言い訳して結局は見捨てるかも知れない。背筋が凍るような気持ちで観劇しました。

テナントがSSの制服を着る場面も見ていて辛かったが、最後に革のコートを羽織ったときに、いま街中で着ていても違和感のないファッショナブルさにますます怖くなりました。こういう軍服や制服をカッコいいと感じないためにはすごく自制心が必要だと思った。すぐに流されてしまいそうで恐ろしかった。
カーテンコールまでのほんの短い時間で見栄えのする軍服を脱いで冴えないスーツに着替えて出てきてくれてホッとしました。

それにしてもグッド・オーメンズの人気のすごさをあらためて実感しました。満席とか関西ではカンバーバッチのフランケンシュタイン以来では。

自分しか観客がいなくて打ち切りになるのではとひやひやしていた回もあったNTLive、これを機に多くの人に見て貰えるようになって、日本でもたくさんの作品が公開されますように。

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