ロバートの反乱は嘘の上に築かれたか (下)

この記事なぜかアクセスしてくださる方が多いのですが、あなたがドラマとスターク家のファンならここで引き返したほうがよさそうです。


(自分のためだけに書いてますの&ものすごく肝心の部分がとってもネタバレしています)


(いきなりネタバレしています)






〈なぜドーンで結婚〉
ハイセプトン・メイナードは「ドーンのある秘密の儀式で」レイガーとリアナを結婚させたと日記に書いています。どうせ個人の日記なんだから場所とか参列者とかも書いといてほしかった。
ハイセプトンは七神信仰の宗教的トップ、カトリックで言えばローマ法王のような存在かと思います。
当然彼の御座所はキングズランディングのグレート・セプト・オブ・ベイローにあり、宗教行事もそこで行われる。
ハイセプトン・メイナードは大聖堂を離れてドーンへ出かけていって、儀式が終わったらまた戻ってきたのでしょうか。国土を二分する内戦の最中なんですが、そんなときに首都からハイセプトンが消えたら大騒ぎになるのでは。それに当然他のセプトンやセプタもお供したでしょうが、誰もそのことを記録していないのはなぜ?

そしてa secret ceremonyというのも気になる表現です。七王国の帝王の太子の結婚をa secret ceremonyで済ませられるのなのか?キングズランディングのハイセプトンが管轄外のドーンの聖堂で儀式を行えるものなのか?聖堂とは言ってないので、そのへんの小部屋とかだった可能性もありますね。

いずれにしても、王太子が堂々と首都のベイラー大聖堂で挙行する結婚式とはほど遠いものだったのでしょう。
どうしてレイガーこんなことをしたのかと言えば、普通の社会経験のある大人だったら「リアナをなだめてモノにするためだろうな」と考えるのではないでしょうか。レイガーがリアナを愛する気持ちに偽りはなかったにしても、婚姻破棄も結婚式も実効性のあるものではない。駆け落ちした少女を納得させるためのいわば猿芝居だったのでは。


〈なぜ一人しか日記をつけていないのか〉
サムはたまたま見つけたハイセプトン・メイナードの日記を根拠にしています。
しかしこんな重大なことを他の誰も書いていないのはなぜなんでしょう。
シタデルでメイスターたちが階段の数や毎日の便通まで記録していることにうんざりしているサム。
それなのにレイガーの婚姻無効宣言とリアナとの結婚を他の誰も記録していないことに疑問は持たないの?

シタデルでサムはメイスターたちに繰り返し「一つの資料で結論に飛びつくな。複数の資料を比べて検討しろ」と教えられています。君は先生の話を何も聞いてないのか?とサムを揺さぶりたくなったのは私だけでしょうか。なぜ他のメイスターの日記を探さない?同じ日に他の人たちが何を記録したか、何を記録してないか探すためにウェスタロス第一の図書室にいるんじゃないのか、まったくアカン子やな君は(憤激)。


〈なぜ公表しなかったのか〉
レイガーが本当にリアナを愛して正式に結婚したいと思って、そしてその崇高な理想を実現したのならさっさと公表すればよかったのに。
反対する人は多かっただろうが、内乱はおさまったかも知れない。ロバートも一騎打ちくらいは申し込んだでしょうけど、あれほどたくさんの人が殺されることはなかったかも知れないのに。
ドーンは遠すぎて公表できなかった?でもハイセプトンは帰京したのだから首都で発表してもらえばよかったんじゃないの?
公表しなかった、ということはやはりリアナとの結婚は成立していないとレイガーには分かっていたのではないでしょうか。


〈生きてゐるエイゴン〉
しかしここまでは愛し合う二人を認めてやってもいいのではないかと思えたとしても、レイガーとリアナのあいだに生まれた息子の名前がエイゴンというのはいただけませんな。

レイガーはエリア・マーテルとの間に二人子供がいて、上の女の子がレイニス、下の男の子がエイゴンと名付けられています。
レイガーは息子が生まれてすぐにドラゴンストーンを離れて姿を消したので、もしかして自分の息子の名前を知らなかった・・・わけないですね。もし知らなくても使者が往来してるのだから誰かが耳に入れたはず。

リアナが子供を産んだときにレイガーはもう死んでいたようなので、リアナの子は彼女が一人で命名したのかも。
しかしリアナがなんぼ世間知らずでもレイガーにエイゴンって息子がいたことくらいは知っていたと思うのですが・・・これではリアナがただのアホです。

いくらドラマが原作からかけ離れたとはいえ、長男と次男の両方がエイゴンというのはなんぼなんでもあんまりです。
ドラマではエリア・マーテルの子供たちの名前が一度も登場しなかったのか?と思ったんですが調べる気になれませんでした。

Five Aegons had ruled the Seven Kingdoms of Westeros. There would have been a sixth, but the Usurper’s dogs had murdered her brother’s son when he was still a babe at the breast. If he had lived, I might have married him. Aegon would have been closer to my age than Viserys. Dany had only been conceived when Aegon and his sister were murdered.

Martin, George R. R.. A Dance With Dragons (A Song of Ice and Fire, Book 5)


いま原作読み返してみたらダニーは甥エイゴンが生きていたら彼と結婚していただろうかと考えていますね。これがドラマの根拠なのか?


なお、原作ではエリア・マーテルの息子エイゴンは生き延びていて、ジョン・コニントンが密かにエッソスに連れ出して養育しています。成長したエイゴン・ターガリアン六世はコニントンとともにウェスタロスに上陸、王位奪回の機をうかがっているところ。

Griff said, “but the lad is not of my blood, and his name is not Griff. My lords, I give you Aegon Targaryen, firstborn son of Rhaegar, Prince of Dragonstone, by Princess Elia of Dorne … soon, with your help, to be Aegon, the Sixth of His Name, King of Andals, the Rhoynar, and the First Men, and Lord of the Seven Kingdoms.”

Martin, George R. R.. A Dance With Dragons (A Song of Ice and Fire, Book 5)


〈“Robert's Rebellion was built on a lie.”という結論を導きだせるか〉
ブランの言いたかったのは「リアナが誘拐されたというロバートの話は嘘だった」ってことかなと思います。しかしたとえリアナとレイガーが同意の上で駆け落ちしたとしても、未成年を連れて姿を消したレイガーにスターク家が抗議し、当主リカード・スタークと跡継ぎのブランドンがレイガーの父に殺されたのは動かしようもない事実です。

たとえロバートがリアナに振られたことを隠してレイガーが婚約者を誘拐したと嘘をついたとしても、北部がリカードとブランドンの復讐に立ち上がり、内戦が起きたのは嘘ではない。

たとえロバートがレイガーと一騎打ちしたのは義憤からではなく嫉妬にすぎなかったとしても、エイリス二世が首都を焼こうとして親衛隊に殺されたこと、ラニスターがレイガーの妻と子供たちを惨殺し、首都を略奪した事実に変わりはない。

レイガーがリアナを無理に誘拐したとしても、二人が愛し合って逃げたとしても、どちらにしてもそれが引き起こした数々の惨事にほとんど違いはない。
大国の皇太子、妻子ある成人でありながら、未成年を連れて黙って姿を消したレイガーの無責任はリアナと愛し合っていたからといって許されるものではないでしょう。

こんなむちゃくちゃな屁理屈をくっつけてレイガーを正当化しようとしなくても良かったのに。
レイガーは庶民には想像もつかない高貴で自由な魂の持ち主だったので、燃える愛の赴くままに生きたのです。あとから小者どもに形式を整えてもらいたいなどと思いもしないでしょう。


どうしてこんな無様なことになったかといえば、おそらく現代アメリカ人の観客とドラマ制作者に「ヒーローはロマンチックラブで結ばれた両親の嫡子として生まれて正々堂々と生きてほしい」という気持ちがあるのでしょう。
十代の少女が誘拐され、レイプされたすえに生まれた私生児がヒーローでは気分よく応援できないのでしょう。

しかし、そのために物語の中で地道に築きあげられてきた出来事をなかったことにしてはいけない。
自分の都合が悪いからと過去に起きたことを今になって改変してはいけない。
ファンタジーだから何をやってもいいのではない。ファンタジーこそは堅実なリアリティを積み上げて作り上げなければならないのに。


最近シーズン1を見返して、本当に丁寧に人間関係が描写されていることにあらためて驚きました。
こんなに素晴らしかったドラマをS5あたりから製作者は滅茶苦茶にしてしまった。
一視聴者にはどうにもならないことですが、やはり悔しく残念でなりません。

バラシオン家は制作者にも観客にも嫌われているので、誰にも弁護してもらえませんが、極東にロバートの名誉が無残に汚されたことに憤る視聴者がひとりいることを記しておきたいと思ってこの記事を書きました。