Audible洋書 Milkman

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2018年のマン・ブッカー賞を受賞したアンナ・バーンズの「ミルクマン」、小説が面白かったので朗読版も買ってみました。

(たぶん)1980年代の(たぶん)北アイルランドの(たぶん)ベルファストが舞台の小説。
場所も登場人物の名前も出てこないので、自分で想像力を駆使しながら読まないといけない。そういう意味では日本人にはちょっとハードルが高いかも。私は「タブレットガール」の「タブレット」がいまだに分からない。薬のことか?ミルクマンのtheの有無が問題になったりするのも難しい。

主人公は18歳の女性。工場かどこかで働いている。 上に姉三人、下に妹三人いるので“middle sister”と呼ばれている。他に兄も数人、姉の夫や兄の妻もいる大家族。父ちゃんは死亡、“Ma”(母ちゃん)は主人公にさっさと適当なカトリックの若者と結婚してほしいと思っているが、主人公には、恋人になりきれないmaybe-boyfriendという相手がいる。
このころのベルファストには属する宗教や政治グループが違うため結婚できないカップルや同性愛者のペアが多く住む通りがあったらしく、主人公も恋人未満の彼の家と自宅を行き来する半同棲状態にある。

街は政治紛争の真っ最中で毎日の人が死んでいく。主人公は19世紀の小説を歩きながら読んだりフランス語のレッスンに通って現実逃避しようとする。
ある日、牛乳配達屋でもないのに“Milkman”と呼ばれる中年男から声をかけられ、車に乗るよう誘われる。主人公は断るが、それからミルクマンによるストーカー行為が始まる。
周囲は政治抗争に忙しくて、ティーンエイジャーが男につけまわされるような小事にはかまってくれない。

という、内戦下における女性のプチ地獄、を描いた作品かと思っていたら、途中でなんだかそういう小説ではなさそう・・・と思えてくる。
最初の驚きはうるさく結婚しろと言ってくる母ちゃんに主人公が反抗する場面でやってきた。
母ちゃんは突然「あたしにだって若いころはあったんだよ」と怒りをあらわにする。敬虔なカトリックの子沢山の専業主婦の仮面の下から、一人の女の顔がのぞく瞬間。
主人公は自分は人の表面しか見てなかったのかもしれないと気づく。

そのあとも登場人物が「見た目と違う人物だった」という発見が何度も繰り返される、というかほぼ全員見た目と違う人たちだったので、ストーカー小説というよりミステリ小説の味わい。
紛争中の北アイルランドの女性たちってただただ悲惨だったのではと思ってしまうが、楽しい家庭生活の場面もあって外からはうかがいしれない深みのある世界だった。


あまりにも面白いが、もういちど読み返すのは時間的に難しいので朗読を聞きました。
朗読のBríd Brennanは北アイルランド出身の俳優。「シャドー・ダンサー」でMaを演じてた人か。

とても聞き取りやすいアイルランドアクセントですが、ミルクマンを演じるときは訛りがきつくてリスニング不能だった。

 

アイルランドアクセントの歌うような抑揚が心地よく、いつまででも聞いていられる。アイルランド英語好きには超おすすめ。