Night’s Slow Poison ラドチ帝国#0.5

ネットでアン・レッキーのラドチ帝国シリーズ(Imperial Radch)を検索すると

#0.5 Night’s Slow Poison
#0.6 She Commands Me and I Obey(日本語訳《主の命に我従はん》)
#1 Ancillary Justice(《叛逆航路》)
#2 Ancillary Sword(《亡霊星域》)
#3 Ancillary Mercy(《星群艦隊》)
subsequent book Provenance (《動乱星系》)

となっています。
She Commands Me and I Obeyは《星群艦隊》に日本語訳が収録されているが、Night’s Slow Poisonは書籍になっておらず、どうやって読めばいいのだろう、と思っていました。
しかし、TORのサイトに掲載されているのをあっさり発見。マーサ・ウェルズのマーダーポット・ダイアリーもTORなのですが、公式サイトには無料で読める短編もたくさんあって、とにかく太っ腹な出版社です。

 

www.tor.com



Crawlから Ghaon(ガオン)に向かう宇宙船が舞台。航行には6カ月かかり、乗客は通信機器を持ち込むことはできない。
通信機器を使うと船の墓場に取り込まれてしまう宙域を通過するらしい。地図などはなく、その危険な場所を航行するには操縦士の経験だけが頼り。
ガオンはラドチから狙われているが、危険宙域のおかげで併呑から逃れられている。航路と、秘伝を知るパイロットだけがガオンの命綱なのです。

主役のInarakhat Kels はガオン人で宇宙船の警備員。かつてとても身分の高いガオン女性と恋愛したが、家父長制(家母長制?)に拒まれて失恋。猛毒を持つ小動物にかまれたことがある。毒が回るまでに「お茶を飲む時間しかない」ほど速毒らしい。
乗客の中にGerentate(ジェレンテイト)から来たAwt Emnysという人物がいて、Inarakhat Kelsと親しくなる。Awt Emnysはガオン出身の祖母の故郷を訪問したいと言う。

エスピオナージありロマンスありの宇宙のオリエント急行っぽい話。これだけ読むとエキゾチックな仮面をつけた宇宙人と猛毒動物の短編なのですが、ガオンって本編に出てきたっけ?とラドチ帝国シリーズを読み返してみると、「ああそういうことなのか」と思わされます。

本編でジェレンテイトとガオンが出てくる部分を探してみました。
Night’s Slow Poisonのあと、結局ガオンは併呑されてしまうのですね。そして〈トーレンの正義〉も併呑に加わった。
ブレクがジェレンテイト人を名乗ったのは、ジェレンテイトやガオンと関わりが深かったからでしょう。


■ジェレンテイト

「わたしの名前はブレク。出身はジェレンテイト」
アン・レッキー《叛逆航路》 (創元SF文庫) 赤尾 秀子訳

ジェレンテイトはわたしの目的地からかなり遠いし、ラドチとの友好関係(少なくともあからさまな対立はない)はさておき、 ジェレンテイトの基本方針として、わたしが住民であることを否定も肯定もしないはずだ。
《叛逆航路》

 


■ガオン

「あんたはたぶんガオン人だ。ガオンが併吞されたのは、たかだか数百年まえだろ?そうだそうだ、思い出したよ、だからあんたはジェレンテイトから来たふりをしたんだ。」 
アン・レッキー《叛逆航路》

長いカウンターの対面の壁を飾るのは、 過去の併吞におけるさまざまな戦利品だ――(略)宝石をちりばめたガオンの仮面。そしてヴァルスカーイの寺院の窓。
《叛逆航路》

「わたしはとくにガオンの音楽にひかれるんですよ」セラル管理官がそういうと、フォシフの顔が輝いた。
《亡霊星域》

「ガオンからほんの数ゲートのところで育ったのですよ」と、セラル管理官。「それから二十年、ステーションの審査補佐官も務めまし た。 ガオンの音楽はすばらしく魅力的ですよ!真正のものを見つけるのはとてもむずかしいですけどね」
《亡霊星域》

わたしが最後にガオンを訪れたとき、彼女が勤務したステーションは着工されたばかりだった。いまから何百年もまえのことだ。「数え 方にもよりますが、併吞時のガオンには少なくとも三つの国家があったかと。言語は主だったものだけでも七つ。音楽様式もさまざま だった」
《亡霊星域》

「からかうなど、とんでもない。併吞中、ガオンにいた艦船からいくつか仕入れただけで」わたし自身がその艦船だったとはいわない。 「〈トーレンの正義〉をご存じなんですか!」
《亡霊星域》

 

 

アン・レッキーの小説って読んでいるときには見逃してしまっている細部がとても多く(自分が不注意だから)、あとで「そうだったのか」とはっと気づくことがよくあります。ラドチ帝国シリーズは何度も繰り返し読んで、そのたびに新たな発見ができる、味わい深い小説です。