(6)BBCラジオドラマ「雲なす証言」聴きどころ

エピソード6

ピーター卿は収監中の兄ジェラルドと面会するがジェラルドは殺人事件当日のアリバイ提供を拒否。ここでピーターが頑固な兄にあきれて「それでも兄さんを救い出すよ、もしバンターと僕がその途上でともに倒れたとしても」と言っているのですが、なぜバンターを巻き込む。聖書か何かの引用なのかな?

But I do, and I'm goin' to get you out of this, if Bunter and I both perish in the attempt.
Sayers, Dorothy L.. Clouds of Witness (Lord Peter Wimsey Mystery)

ラジオドラマではカットされてるこのあとの会話も好き。
ピーター卿は「僕って人をイライラさせるのかな?」とバンターに相談。
忠実な従僕は

“It is possible, my lord, if your lordship will excuse my saying so, that the liveliness of your lordship's manner may be misleading to persons of limited----”
“Be careful, Bunter!”
“Limited imagination, my lord.”

バンターはたぶん「限られた知性の持ち主には誤解されやすい」と言わんとしたんでしょうね、御前に「気をつけろよバンター」と合いの手を入れられて「限られた想像力」と言い換えたものか。でもバンター自身は自分は知性があるって思ってるわけか。


御前はバンターと地元のパブで聞き込み。
ラジオドラマのバンター氏は嬉しそうに、ご提案してよろしければノーフォークスーツとウールのタイツに・・・とファッションアドバイスしてました。原作ではピーターが自分で選んだようです。
お気に入りのマラッカのステッキを持ってきたかったとぼやく御前に高級すぎる装いは疑われます、トネリコのステッキこそふさわしいと力説するラジオ版バンター。マラッカのステッキには方位磁石がついていたのだが・・・
カンパスって何だろうと思ったらcompass/ˈkʌm.pəs/ だった驚き。
ちなみにcampus/ˈkæm.pəs/とは発音が違うのですね。

コンパスを持ってなかったため、ムーアで道に迷っちゃう主従。
とつぜん馬の悲鳴を聞いてピーター卿は握っていたバンター氏の手をふりほどいて走っていってしまう。ラジオでは説明がなかったが、二人は従軍中にベルギーのポペリンゲで同じような馬の絶叫を聞いたことがあったんですね。


“It's a horse, my lord.”
“Of course.”
They remembered having heard horses scream like that. There had been a burning stable near Poperinghe----
“Poor devil,” said Peter. He started off impulsively in the direction of the sound, dropping Bunter's hand.
“Come back, my lord,” cried the man in a sudden agony. And then, with a frightened burst of enlightenment:
“For God's sake stop, my lord--the bog!”
A sharp shout in the utter blackness.
“Keep away there--don't move--it's got me!” And a dreadful sucking noise.

ラジオ版のバンターがいつもの冷静さを忘れて悲痛な声をあげるところがバンターファンの今日の聴きどころ。

ラジオドラマではピーター卿とバンターがユニゾンで助けを求めると決めて「1,2,3、ヘーーーールプ!」と叫ぶところが緊迫しつつも笑えます。こんなときにも丁寧な口調でピーターに現況を説明するバンターがとても頼りになると同時に笑える。全体にたいへん笑えるエピソードでした。

ピーターの穴に落ちたピーターは通りすがりの農夫に救い出され、近くの農家にかつぎこまれる。
気絶しかけながらもバンターを気に掛けるピーター。

“Bunter--where--you all right? Never said thank-you--dunno what I'm doing--anywhere to sleep--what?”

お前の寝るところはあるのかい?と気を失いながらも気遣う御前。バンター氏は主君の側を離れるのを拒否して部屋の片隅で寝たようです。忠義じゃのう。

一夜あけてバンターが朝食のトレイを持って何事もなかったかのように入ってくる。

あらためてバンターにお礼を言うピーター。


He set the tray tenderly upon Lord Peter's ready knees.
“They must be jolly well dragged out of their sockets,”
said his lordship,
“holdin' me up all that ghastly long time. I'm so beastly deep in debt to you already, Bunter, it's not a bit of use tryin' to repay it. You know I won't forget, anyhow, don't you? All right, I won't be embarrassin' or anything--thanks awfully, anyhow. That's that.What?


ここは日本語訳のほうが恥ずかしくていてもたってもいられないバンターの気持ちがよく分かるので引用してみます。


待ち構えていたピーター卿の膝にお盆をやさしく置く。
「脱臼していても不思議はないよ。あんなに延々、僕を支えてくれていたんだから。ただでさえお前には世話になってばかりで、恩返しなんて到底できっこないし。だが忘れないよ。それはわかっているね?わかった、もう目のやり場に困るようなことは言わない。とにかく本当にありがとう。それでおしまい。
ドロシー・L. セイヤーズ 「雲なす証言 」(創元推理文庫)  浅羽 莢子 (翻訳)

浅羽訳は本当にピーター卿のキャラクターを掴んでるなあ。素晴らしい翻訳。


ラジオドラマ版のバンターは途中で勢いよく「朝ご飯をお召し上がりください御前」とピーターの演説をぶったぎってしまってそれはそれで萌えます。

ピーターはこの農家の寝室でとても重要な証拠を発見。原作ではバンターはひげそり用のお湯を取りに行って不在だったが、ラジオ版では一緒に見つけてた。とても大音声でバンターバンター叫ぶピーター卿が可愛かった。

“Bunter,” said his lordship, “I am, without exception, the biggest ass in Christendom.


このエピソード20回くらいは聞いたと思う。ピーター卿もバンターもとにかく上手い。ラジオドラマ最高っす。