辮髪ホームズの元ネタ《紅毛嬌街》(1)

莫理斯の《香江神探福邇,字摩斯》(日本語訳『辮髪のシャーロック・ホームズ 神探福邇の事件簿』 舩山むつみ訳)の本家ホームズの元ネタを探求します。以降《福邇》と省略。

ーーーーネタバレしていますーーーー

■紅毛嬌街
《香江神探福邇,字摩斯》の第2作目。タイトルからしていかにも本家のThe Red-Headed League(『赤毛連盟』/《紅髮會》)のパスティーシュらしく見えますが、読み進めるといくつかの元ネタが入れ子になっていると気づく複雑な構成です。赤毛マトリョーシカ

■季連德
今回の依頼人。入ってくるなり広東語で華笙に話しかけます。この本の中で生の広東語会話が登場するのはたぶんここだけなので貴重です。

季連德:打擾晒,在下叫做季連德,請問你地邊一位係福先生?我有事請教。(お邪魔します、それがしは季連德と申します。お尋ねしますが、どちらが福先生ですか?お教えいただきたいことがある。)
華笙:呢位就係福先生,我姓華,係佢朋友。(この方が福先生です。私は姓を華といい、彼の友人です。)
季連德:吓?你話乜野話?你話你就係福先生?(ハア?あなたは何の話をしているのですか?あなたが福先生だと言っているのですか?)
華笙:季先生請坐,呢位先至係福先生,我姓華,係佢朋友(季先生おかけください、この方こそが福先生です。私は姓を華といい、彼の友人です。)
季連德:啊!原來你係華先生,幸會幸會。我並唔係姓季,而係複姓季連,季節個季,連中三元個連,單名道德個德。(ああ、あなたは華先生でしたか、よろしくよろしく。わたしは決して季という姓ではなく、それどころか複姓の季連、名前は一文字で德なのです。)
 ---《香江神探福邇,字摩斯》

初歩の広東語会話教室のようで楽しいですね。「你話乜野話?」と聞かれたら「広東話」と答えるよう教わったがもうそのギャグは死ギャグなのか。

見かねた福邇が三皇五帝時代の姓ではないかと助け船を出す。検索してみたが宋代の歴史書しかヒットしなかったよどこが出所なの。
このあと華笙が季連德さんの背景を推理する場面は『赤毛連盟』のパロディになっています。

■佛山石灣の広東語
今回のお話は広東語が重要な役割を果たしていますが、しかし正直ネイティブ以外にはよく分からない部分です。
依頼人の季連德の広東語には訛りがあるため、福邇は佛山石灣の出身だと見抜きます。

福邇:本地所說的粵語以廣府音為標準,而你的口音雖然久而久之變得非常相似,但我依然聽得出原來的鄉音。

 

「廣府」はいまの広東省広州市。香港の四大先住民(というのか?)は廣府人、客家人、鶴佬(福建系)、蜑家人(百越の子孫!)だそうです。主に広州の広東語が話されていたが、他にも広東各地から香港に流れ込んできた人々がいまの香港広東語を作り上げたのでしょう。

福邇:例如『有事請教』,你便說得好像『有樹請教』。又如在語調上,佛山話的一大特徵是缺乏陽平聲,但你的粵語,卻依然說得近乎佛山話那般平板。還有,佛山、順德、南海等地口音相差不遠,但石灣話的發音卻比較濃厚,特別容易辨別,所以剛才我一聽便聽出了閣下的籍貫。

季連德の広東語は「事si6」が「樹syu6」になり、陽平声がない。広東語の陽平声は第4声?かな?

■羅拔士太太
季連德の下宿人求むの広告に答えてやってきたのは羅拔士太太とその連れの盧六姑。羅拔士太太は黒いベールをつけた寡婦です。
ここから急にThe Adventure of the Veiled Lodger(『覆面の下宿人』/《蒙面房客探案》)が始まってびっくり。
二人はどうしても季連德の部屋を借りたいらしく、高値で交渉してきます。
羅拔士太太(lo4bat6si6)は本家のMrs Ronder(ロンダー夫人)、盧六姑(lou4luk6gu1)は本家ホームズのMrs Merrilow(メリロウ夫人)だと思うのですが、名前があまりパスティーシュになっていないような?

■季連昌
空き部屋に店子が決まったとたん、今度は若い男が訪ねてくる。
季連昌というこの男はシンガポール華僑で、同族を探しに香港に来たといいます。同姓を発見できたと大喜び、香港で「宗親會」を設立したいので毎日「宗親會館」へ出勤して族譜を書き写してほしいと高額の報酬を提示します。

あーこの話The Adventure of the Three Garridebs(『三人ガリデブ』/《三名同姓之人探案》)だったのか!とここで気づく仕組みです。しかもすぐ『赤毛連盟』に戻って書写させる変幻自在さ。

そして、わざわざ珍しい姓の人物を登場させたのは
季連德gwai3lin4dak1(ぐわいりんだっ)→ネイサン・ガリデブ(內森·加里德布)
季連昌gwai3lin4coeng1(ぐわいりんちょん)→ジョン・ガリデブ(約翰·加里德布)

昌(ちょーん)がジョン・・・がちょーん・・・

(続きます)